「音に感情はない。でも、私たちは意味を聴いている」
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「音に感情はない。でも、私たちは意味を聴いている」
音楽には不思議な力があります。
たった一つの音は、ただの「周波数」。
けれど、二つ重なると音程になり、三つ重なった瞬間に「和音」になり、私たちはそこに「意味」を感じ始めます。
実は、音そのものに感情があるわけではありません。
ドが悲しいわけでも、ミが嬉しいわけでもない。
それらはただの数値であり、振動です。
それでも、私たちは「明るい」「切ない」「落ち着く」と感じる。
それは音を“感情で聴いている”のではなく、構造として聴いているからなのだそうです。
同じメロディでも、キーを少し下げるだけで寂しく感じる。
同じドミソの和音でも、どの音をベースに置くかで印象がまったく変わる。
それは、音が変わったのではなく、関係性が変わったから。
この話を聞いたとき、私は体の不調とよく似ていると思いました。
体の痛みや違和感も、どこかが「ズレている」状態。
つまり調和していない、和音になっていない状態なのです。
人の体には約60兆個の細胞があります。
それらを一つにシンクロさせるのは、実はとても難しい。
だからこそ、昔から「考えすぎるな」「静かになれ」「祈れ」「瞑想しなさい」と言われてきたのだと思います。
思い込みは、良くも悪くも“ベース音”になります。
「私は体が悪い」と思えば、その和音が鳴り続ける。
「私は大丈夫」と思えば、別の和音が鳴る。
音に感情がないように、出来事にも本来、意味はありません。
意味を与えているのは、いつも私たち自身。
だからこそ、ときどき立ち止まって、
何も意味づけしない時間を持つこと。
ポワーンと音を聴き、ただ呼吸すること。
その静けさの中で、
私たちの体も、心も、
もう一度「調和」を思い出していくのかもしれません。